パラアルペンスキー選手 本堂杏実さん

彩の国と呼ばれる「埼玉県」。愛称のとおり、みなさんの「個性=Color」によって埼玉県は「彩られて」います。先人から伝わる伝統を受け継ぐ人。埼玉から新たな革新を起こす人。文化・芸能・スポーツなど様々な分野で様々な色を生み出しています。そんな埼玉県の「これまで」と「これから」を彩る方々を新たな視点で紹介する「Painters!」。是非ご覧いただき、あなただけの「Color」を見つけてください。

<本堂杏実さんPROFILE>

本堂杏実(ほんどうあんみ)
パラアルペンスキー選手。埼玉県所沢市生まれ。
先天性左手欠損でありながら、父親の影響で5歳からラグビーを始めると頭角を現し、高校3年生の時には日本選抜に選出された。
日本体育大学に入学後、「パラアルペンスキー」への転向を決意。転向後は、世界の各大会に出場し、着実に実績を積んでいる。
現在は、2022年に開催されるパラリンピックに向けて、日々鍛錬を重ねている。

interviewer:二木蒼生

二木蒼生

二木蒼生(にきあおい)
勝手に埼玉応援隊メンバー。埼玉県富士見市生まれ。
3歳よりバレエ・歌・演技・タップを習得し、歌手として、女優として、活動の幅を広げている。
現在は、舞台への出演を精力的に行うほか、埼玉県の魅力を伝える「勝手に埼玉応援隊」として、埼玉県の魅力を日々発信している。

ラグビーから競技転向してまもなく、パラアルペンスキーの選手として活躍されている本堂杏実さん。そのような方にお会いし、インタビューさせていただけることがとても嬉しいです。夢に向かって歩んでいく背景にはどのような思いがあるのでしょうか?また同じ埼玉県民として、今年誕生150周年を迎える埼玉の話を、本堂さんご希望の角川武蔵野ミュージアムにてお話を伺いました。

ーパラスポーツのいろんな選手と出会って、ここで世界一になりたい!この道で生きよう!と決めたー

二木:本堂さん、今日はよろしくお願いします。

本堂さん:よろしくお願いします。

二木:本堂さんは現在、パラアルペンスキーの選手として世界大会で実績を積まれているんですよね。パラアルペンスキーの中でもいくつかの種目があると伺ったのですが、本堂さんは何の種目で競技されているんですか。

本堂さん:パラアルペンスキーは、障がいごとに立位(スタンディング)、座位(シッティング)、視覚障がい(ビジュアリーインペアード)の3つのカテゴリーに分かれています。その中で、さらに障がいの種類や程度、運動機能などによってクラス分けされるんです。そんな風にクラス分けされた選手が、さらに5つの競技で競い合います。
その中で私は、滑降(ダウンヒル)、スーパー大回転(スーパーG)、大回転(ジャイアントスラローム)、回転(スラローム)、スーパー複合(スーパーコンバインド)の競技をしています。

二木:たくさんのカテゴリーに分かれてるんですね。パラアルペンスキー、奥が深そうです…
パラアルペンスキーの前は、ずっとラグビーをされていたとのことだったのですが、そもそもスポーツに興味を持ったきっかけは何でしょうか?

本堂さん:興味を持つかあ…生まれて初めて触ったボールがラグビーボールだったことから、5歳の時にはラグビーを始めていました。

二木:5歳からですか!ご両親の影響とかがあったのですか?

本堂さん:父親がクラブチームでずっとラグビーをやっていて、その横でジュニアのクラブチームがあったので、父親が練習している時、兄弟3人はそこで練習していました。父親が熱心にラグビーを教えてくれたので興味を持ったというか、持たされたみたいな…(笑)

二木:そうだったのですね。

二木:小さい頃の夢は、やっぱりスポーツ選手だったのですか?

本堂さん:夢は色々持ちました!まず、覚えている限りだと、ニュージーランド人になりたかったですね。

二木:えっ?ニュージーランド人に、ですか!?

本堂さん:ラグビーの聖地がニュージーランドだったからだと思います。あとは、小学生の時ですけど、お笑い芸人になりたいとか、宝塚に入りたいとか、シルク・ドゥ・ソレイユに出たいとか(笑)

二木:幅広い方面の夢を持っていたのですね!

本堂さん:そうなんですよ。ラグビーの代表選手になりたいと思ったのは、小学校4、5年生ぐらいからだったのですが、その後にもシルク・ドゥ・ソレイユに出たいとか言ってましたね(笑)
当時は、シルク・ドゥ・ソレイユに日本人の男性が1人しかいなくて、日本人の女性がいなかったんですよね。それを聞いて「出たい。」と思いました(笑)
あ、色々取材を受けている中でここまで言ったのは初めてです(笑)

二木:貴重な初出し情報、ありがとうございます(笑)
様々な夢をお持ちだった本堂さんですが、小さい頃夢だったラグビーから、パラアルペンスキーに競技転向する時に迷いや不安はありませんでしたか?

本堂さん:めちゃめちゃありました。平昌パラリンピックに声がかかったのが約2年前で、その時がちょうど15人制の女子ラグビーの日本一を決める大会の前だったんです。その時、大学の関係者から『パラリンピックの競技に興味ないか?』というお話が来ていて、シーズンが終わった後話し合いをすることになって。
でも、私はラグビーで日本代表になりたいという夢がずっとあったし、その年に15人制で日本一になれたというのもあったから、このまま自分も日本代表選手になれるように頑張りたいと思っていた最中の出来事で。

二木:パラアルペンスキーをしようと決意した瞬間はいつだったのですか?

本堂さん:パラチームの合宿に参加させてもらった時に、初めていろんな国のいろんな障害を持った方と出会って、そこから気持ちが切り替わりました。
最初の頃はラグビーとスキー両方の競技をやっていて、色々な葛藤もありました。でも、活動拠点がスキーは海外、ラグビーは日本にいないとできないとなってしまって。じゃあどうしよう、と迷ったときに、パラチームの合宿で海外に行っていろんな選手と出会って、ここで世界一になりたい!この道で生きよう!と決めました。
それと、1番は背中を押してくれる人が沢山いた事です。挑戦できるチャンスがあるならやってみな!と応援してくれる人が沢山いたおかげで決意ができました。

ー障がいは気にすることはなかったと思えたことが、パラアルペンスキー選手になって良かったな感じるところー

二木:先ほど、ラグビーからスキーに競技転向したお話を聞かせていただきましたが、それぞれ違う種類のスポーツというイメージを持っているのですが、ラグビーの経験がスキーに活きていると感じるときはありますか?

本堂さん:めちゃめちゃあります。ラグビーは人と人が生身の体でぶつかるじゃないですか。スキーではぶつかるものが、スピードとポールに変わっただけかなと思っていて。だから、私はスピードに対しての恐怖感がないんです。競技を始めてすぐに、1番スピードの出るダウンヒルという種目をやりたい!と思ったのですが、さすがに危ないので、その次にスピードが出るスーパー大回転という種目をやらせてもらっていました。楽しくて、滑りながらニヤニヤしちゃうんですよね(笑)
高速系の種目になると、あからさまにテンションが爆上がりみたいな。あとは、足腰の強さや体幹も、ラグビーからそのままスキーに活かされていますね。

二木:身体づくりの面では共通しているということですよね。

本堂さん:そうですね。最初の頃からアルペンスキーの健常者の選手より太ももの筋力の数値がよかったです。スキーはスキーで特徴があるし、ラグビーも特徴があるんですけど、基本的なところは一緒なのかなと感じます。

二木:スキーとラグビーは1人でプレーするのと、チームプレーといった面では違いがあると思うのですが、スキーの時にチームプレーのような、何か選手同士の繋がりはありますか?

本堂さん:滑るときはもちろん1人で戦うのですが、チームで動いているので、チーム競技のような面はあります。スタート前に選手同士グーパンチで激励をし合ったり、練習の中で先輩から滑りのアドバイスをもらったりもします。スキーのトレーニングもチームメイトがいなくてはできません。

二木:本堂さんにとってのパラアルペンスキーの魅力は何ですか?

本堂さん:他の健常者のスポーツでは味わえない迫力がパラのスポーツでは味わえるところです。私は立位の選手として滑ってるのですが、片足が無い選手や目が全く見えない選手、一本の板で滑るチェアスキーの選手がいます。そういう選手が滑っているところを見るとすごく迫力があります。
海外に全盲の選手がいるのですが、前を滑る「ガイド」という役割の人が背中にスピーカーを背負って、そのスピーカーから出る声だけを頼りにターンをしていくんです。目をつぶった状態で滑っているようなものなので、それを見ているとすごいなと思います。自分は目をつぶって、目の前の人の声だけで滑れるかって言ったら滑れないです。やっぱりそういったところが魅力なのかなって。

二木:確かに。本堂さんが滑っている動画を拝見しましたが、スピードに迫力を感じて心が躍りました。

本堂さん:一番スピードが出る種目で100kmは出ているので。高速道路で車から頭を外に出しているようなものですから(笑)

二木:パラアルペンスキーの選手になってよかったと感じる場面はどんな時ですか?

本堂さん:パラアルペンスキーの選手になってよかったと感じたのは、別の視点で自分の障がいについて見ることができるようになった時です。私はパラスキーの選手になる前、ラグビーを健常者と一緒にずっとしてきたのですが、周りが障がいに対して触れちゃいけないみたいな感じがありました。
でも、パラの世界に入った時に、自分の障がいが認められた気がしたというか。私はこれでいいんだ、みたいな。いろんな障がいを持った人と出会って、そんなに障がいを気にすることはなかったと思えたことが、パラアルペンスキー選手になって良かったなと感じるところです。

二木:競技生活を通して1番嬉しかったことは何ですか?

本堂さん:2018年の平昌パラリンピックの次の年に行われた世界選手権で、その大会に初出場で3位に入ったことです。3位に入ったのは、ダウンヒル競技と言って一番スピードが速い競技で、私自身パラリンピックのその種目でいずれはメダルを獲りたいと思っていたので、3位に入ったときは自分自身でも信じられなかったです。

二木:すごいですよね!!

本堂さん:電光掲示板に日本の国旗と自分の名前が表示されるのですが、3番目にあった時は、3度見ぐらいしました。その時が1番嬉しかったかなと思いますし、この種目でもっと上を目指したいと思ったきっかけでもありました。

二木:その時の様子が目に浮かぶようです。
そういった試合の前に必ずするルーティーンとかはありますか?

本堂さん:ラグビーの選手の時から変わらないルーティーンが、胸を2回ずつ叩いて、ストックをつくときに1回息をふーと吐いて落ち着いてからスタートしていることです。あとは、1回歯を食いしばることですね。マウスピースを付けているので、1回ぐっと歯を食いしばって息を吐いてスタートというのは、練習でタイム計測をする前など毎回しています。
みんなが想像している五郎丸選手のようなルーティーンではないですけど(笑)
それをしないと変な感じがすると思います。

ーいつの日かパラリンピックで金メダルを獲りたいー

二木:競技生活の中で大変と感じることは何ですか?

本堂さん:私は左手が小さいのでその血流がすごく悪いんです。そのため、寒さで肘ぐらいまでの感覚が一切なくなってしまうくらい痛くなることが1番大変だなと感じます。スキーはマイナス20度の世界で行う競技なので、一応義手みたいなものは付けていても、カーボン素材なのでそんなに暖かいものではなくて。練習の途中から肘ぐらいまでの感覚が一切なくなって痛み出すんです。それが大変だなとは感じます。

二木:想像できないような環境の中で競技されているのですね。
アスリートとして、私生活で苦労されていることはありますか?

本堂さん:食事ですね。好き嫌いは一切ないんですが、ドーピングチェックを意識して、自分の口に含むものには気を付けています。ハーブやスパイスとかでも、ドーピングチェックにひっかかることもあるので、変わったスパイスのカレーとかは食べられないです。それに、開けて置いておいたペットボトルは1回でも目を離したら飲まないですし、いきなり誰かから貰った物とかも食べられないです。ボディークリームの成分も皮膚から入っていってしまうので、成分に気を付けています。
ドーピングチェックでひっかかると出場停止になってしまう。口に含むもの全てが自分の責任なんです。

二木:食事だけでなく、そういったものにも気を配らないといけないんですね、びっくりです。

本堂さん:プロテインとかでも、製造過程で稀に混入することがあるんです。それも結局、過失が無くても自分の責任になっちゃう。証明することができれば良いんですけど、飲んだら捨ててしまうし。
どうして身体に入ったのかもわからないそういう場合でも、出場停止になっちゃうので。

二木:シビアですね。

本堂さん:そうですね。競技選手をやっている以上、それは仕方ないとは思います。検査は毎回、家に突然やってきます。

二木:急に来るんですか?

本堂さん:急に来ます。毎日、空いている時間を共有しているので、その時間帯ならいつでも。
競技中もゴールした後すぐに声を掛けられて、そのまま検査をしに行きます。1人でどこかに行くと違反になってしまうんです。

二木:一般人には想像もつかない部分をお話してくださり、ありがとうございます。
改めてアスリートの大変さを知った気がします。
昨年からは新型コロナウイルスの感染が拡大しましたが、それによって練習や試合などに影響はありましたか?

本堂さん:かなりありました。昨シーズン開催が予定されていたワールドカップファイナルが中止になってしまったり、夏場にトレーニングのために行く海外にも行けなくなってしまったりしました。自粛期間中は、練習の時にいつも使っているトレーニング施設も使えなくなってしまったので、弟と家でトレーニングしていました。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、どれだけ恵まれた環境でスキーをしていたかというのを身に染みて感じました。今まではトレーニング施設に行けばトレーニングができて、トレーナーの方がいて、ケアをしてもらって、またスキーをしてというのを当たり前のようにしていました。今はなるべく人と関わらないようにしているので余計に、今まであった環境はいろんな人たちが関わっているからできていたことなんだと感じました。
どの業界もそうだとは思いますが、やっぱり生活をしているうえで今までと違うことを感じますよね。大変な世界になってしまったなと。でも、ここを乗り越えることができたらきっとまた新しい世界が待っているのかなと思います。

二木:そうですよね!
本堂さんの今後の目標について教えていただけますか?

本堂さん:いつの日かパラリンピックで金メダルを獲りたいです。この競技を始めたからには世界一を獲りたいですね。

二木:応援しています!

本堂さん:ありがとうございます。

ー埼玉県は心安らぐ落ち着く場所ー

二木:本堂さんにとって埼玉はどのような場所ですか?

本堂さん:心安らぐ落ち着く場所です。ずっと埼玉でラグビーもしていましたし、生まれ育った場所でもあります。他の場所に住んでも、結局1番落ち着くのは地元で、埼玉県に戻ってきちゃいます。

二木:そんな埼玉県が今年150周年を迎えます。埼玉150周年記念のキャッチコピーが『こころ、咲いたまま。』なのですが、心が咲いたような温かい思い出や人とのつながりはありますか?

本堂さん:友人にはすごく恵まれていると思います。仲のいい友人達もずっと埼玉に住んでいて、今でも繋がっています。

二木:そういったことも、落ち着く場所と感じるところに繋がっているのですかね?

本堂さん:そうですね。友人たちと一緒にいる時は、競技をしている私ではなく、いつもの私をさらけ出せます。

二木:素(す)でいられる場所って大切ですよね。
埼玉県に生まれて良かったところはどこでしょうか?

本堂さん:なんといってもアクセスの良さ!所沢に住んでいるからというのもあるんですが、新宿まで1本、池袋まで1本、川越まで1本で、空港まで行くとしてもバスで1本で行けるので、遠征の時もとても便利です。

二木:そう思います!

本堂さん:都会すぎず、田舎すぎずというちょうど良さも未来に残していきたいです。

二木:自然も楽しめるし、両方楽しめるというのは、なかなかないですよね。
埼玉のおすすめグルメやスポットはありますか?

本堂さん:秩父にある「武島家」のおいなりさんがめちゃめちゃ好きです。両親が秩父の方で仕事があったときには買ってきてくれるんですけど、ちょうどよい甘さでボリュームもあって本当に美味しいです。

二木:お腹すいてきました(笑)
私も食べてみたい!

本堂さん:スポットで言うと、新座にある「トランポランド」に行ってみたいです。トランポリン大好きなので。
あとは「ムーミンバレーパーク」も行ったことなくて行ってみたいです。

二木:ムーミンがお好きなのですか?

本堂さん:昔ムーミンに出てくるミーに目つきが似てると言われたことがあって(笑)
でも、今1番行ってみたいのは「トランポランド」ですかね。一緒に行きます?

二木:良いのですか!?私も一緒にトランポリンしたいです!お隣で跳ばせてください!(笑)

本堂さん:トランポランド行きましょう(笑)

二木:ぜひお願いします!

ーところざわサクラタウンをインタビューの場所に選んだ理由はー

二木:最後に、今日の撮影地に「ところざわサクラタウン」の角川武蔵野ミュージアムを選ばれた理由を教えていただけますか?

本堂さん:出身の所沢市にオープンしたと聞いていて、一度は来たいなとずっと思っていたので、パッと思いついたのがここでした。

二木:ところざわサクラタウンに来たのは初めてですか?

本堂さん:中に入ったのは初めてです。

二木:2020年11月にオープンして、まだ新しいですものね。中に入ってみての印象はいかがですか?

本堂さん:想像以上に素敵な場所だなと思いました。前から、おばあちゃんに行こうって誘われていて、まだ来られていなかったのですが、一緒に来ても楽しそうだなって思いました。元々、本が好きだっていうのもあるので、今度はおばあちゃんと来たいなと思います。

二木:ありがとうございます。
私はスポーツ選手の方とお会いする機会がなかなかなかったので、今日は貴重なお話を聞かせていただけて、とても楽しかったです。今後も本堂さんの活躍を楽しみにしています。

本堂さん:ありがとうございました。

\ズバリ!埼玉県を色で例えると?/

茶色

理由を聞かれると難しいんですけど、とにかく直観で茶色!と思いました!

編集後記

二木さん
本堂さんとお話して、スポーツに対する真摯な姿勢と温かいお人柄に引き込まれました。想像できないほどの努力や苦労をされてきたと思いますが、それを大変そうに語らない姿がとてもかっこよく、上を見てやるしかないとおっしゃっていたことが本堂さんの強さに繋がっているように思いました。
特にパラスキーに対する想いや、競技転向したときの心境を聞かせていただいたときには何度も胸が熱くなりました。インタビューさせていただかなかったら知り得なかったことまで教えていただき嬉しかったです。このような機会をいただけたことに感謝しております。
トランポランドぜひご一緒させてください!!!

編集後記

今回のロケ地

角川武蔵野ミュージアム

図書館と美術館と博物館の機能が融合した文化複合施設。
KADOKAWAと所沢市の共同プロジェクト「クール ジャパン フォレスト(COOL JAPAN FOREST) 構想」によって2020年にできた「とろこざわサクラタウン」の象徴ともなっている。
各分野のプロフェッショナルによる監修のもと、多角的に文化を発信している。

https://kadcul.com/

角川武蔵野ミュージアム