書家 矢部澄翔さん

150年を紡ぐ「今」を彩る方たちを、そしてこれからの150年を紡ぐ「未来」を彩る方たちをさまざまな視点でご紹介する「Painters!」。今回は川越市を拠点に活躍する書家・矢部澄翔さんに、県外出身の大学生3名がインタビューしました。

<矢部澄翔さんPROFILE>

矢部澄翔(Chosho Yabe)
埼玉県川越市生まれ。書家。
2004~05年、東京書作展『東京新聞賞』2年連続受賞。2009年、書の権威である中国の西安碑林博物館開催の、第1回顔真卿生誕1300年記念展で、最高賞の『西安碑林博物館長賞』を受賞するなど受賞歴多数。
2006年より日本の書道の素晴らしさを海外で伝えるプロジェクト『世界書紀行』を世界各国で展開。2013年、川越の姉妹都市アメリカ・オレゴン州セーレム市を訪問し、書道パフォーマンスやワークショップを行うなど、これまでアメリカやヨーロッパ・中東をはじめ15カ国以上で書活動をしている。広告題字やロゴ等、筆文字デザインや書の制作も多数手がけている。
長年の書の文化活動が評価され2018年、埼玉県より「特別功労賞」を受賞する。
現在、蔵造りの街 “小江戸川越” のアトリエを拠点とし、グローバルに活動している。
https://www.yabe-chosho.com/

interviewer:左:藤代 伸 中央:林 結衣 右:辻 和泰

左:藤代 伸 中央:林 結衣 右:辻 和泰

都内大学のアナウンス・放送研究会に所属する3名。普段から興味のある人やモノ・コトを取材し、研究会の活動を通して、様々な形で発信している。

藤代 伸(大学2年生・東京出身):
矢部さんの埼玉県との繋がりや意外な一面を知るインタビューにしたいです。また、好きなことを仕事にするということについて、なかなか難しいと思う人も多いかと思うので、経緯や当時の心境などを深堀りしていきたいと思います。

林 結衣(大学1年生・神奈川出身):
今回が初めてのインタビューなので緊張していますが、埼玉県でご活躍されている矢部さんのお話を直々に伺える貴重な機会をいただけて有難く思います。埼玉について矢部さんならではのお話をお聞きするのがとても楽しみです。

辻 和泰(大学4年生・宮城県出身):
埼玉県の魅力と矢部さんの人となりを伝えられるようにインタビューしたいです。
進まれてきたキャリアにとても興味があります。
川越に伺うのも、楽しみです!

ー「わぁー、すごい上手だねー!」って褒められたことが嬉しくて。そこが始まりですー

学生:(辻)早速ですが、まずは書道を始めたキッカケを教えてください。

矢部さん:小学校低学年の頃、友達同士で遊んでいるときに、「どんな習い事をしているか」という話題になったんです。
ところが、私は特に習い事もしていなかったので、「えー、何もやってないのー、遅れてるー!」みたいに茶化されて。それがすごく悔しくて、私も何か習い事をしたいと思って母にお願いしたんです。たまたま家から一番近い習い事、ということで習字を選んだのですが、教室で体験をさせていただいたら、また先生がベタ褒めするわけですよ。「わぁー、すごい上手だねー」って。
今だったらリップサービスってわかるんですけど(笑)、当時は家でも学校でもあまり褒められたことがなかったので、単純に褒められたってことが嬉しくて。そこが始まりですね。

学生:(辻)大学や就職も書道に関する道を選ばれたんですか?

矢部さん:中学・高校でもお習字教室に通い続けてはいましたが、大学は『文化女子大学(現:文化学園大学)』というファッション系の学校に進学しました。とはいえ書道も好きだったので、通信教育で実用書も学んだりしていましたね。
大学を卒業する頃には書道の師範の資格も取れたんですが、それよりも手に職をつけたいという思いで、県内のユニフォームメーカーに勤めさせていただきました。せっかく大学でファッションについて勉強し、それに関わるいろいろな資格も取っていたので、それらを活かせる仕事がしたかったんです。
だけど実際に働いてみると、やっぱり都会の会社とは違いますから、夕方になると演歌のような音楽が街中から聞こえてきたり、仕事はすべてアナログ管理でコンピューターもほとんど使わないし、やりがいを感じられなかったりと理想と現実のギャップに悩んでたんですよ。そこで、転職するなら早いほうが良い、だったら思い切って業界も変えてみようと転職活動し、リクルートでお稽古情報誌を作ることになりました。

学生:(辻)一般企業でのキャリアを選んだにも関わらず、最終的に書道の道を選んだのは何故ですか?

矢部さん:あるとき、リクルートのお稽古情報誌の広告制作を任され、書道の専門学校を担当させていただいたことがあったんです。それで初めてその学校に足を運んでみたら、そこで教えていた書道は、私が今までやってきた書道の世界と全然違っていて、衝撃を受けました。
私がこれまで習ってきた書道というのは、いわゆる「お習字」の世界。でもその専門学校で教えていた書道は、「芸術」の世界。作品を自分で作ったり、展覧会で飾られるような大きな作品を書いていたり、すごく楽しそうだったんですよね。そんな姿を見て、私は仕事で行ったにも関わらず、その場で入学申込をして帰ってきました(笑)。
それからその専門学校を卒業する1年半の間で、自分が20年近く時間をかけて練習したのと同じくらいの量を書いたんです。そこで一気に力も付きましたし、書道に対する見方も変わりました。そして卒業にあたり、これからどういう道で生きていこうかと考えていたときに、たまたま「娘に教えてもらえませんか」というお話をいただき、教室を開くことになりました。それが2004年、28歳の頃。書道を仕事にしだしたのは、このときからですね。

学生:(藤代)書道を教える立場として、教室の生徒に大事にして欲しいものはなんでしょうか?

矢部さん:私の教室には、大人から子供まで、さまざまな方々に通っていただいているんですが、昔の私もそうだったように、やはり世の中、簡単に諦めてしまう人が多いように感じています。ですので、そういった人には、1つのことをやり遂げる経験をして欲しいなという思いはありますね。
実は書道で大きな賞を取ったりしている子の中には、不器用な子も少なくありません。だけどそういう子は、とにかく書道そのものが好きなんです。好きだから書く。その1点だけで続けている子の方が、最終的には書の道を選んだりするんですよ。こういう子たちを見ていると「継続すること」ってとても大事だなって実感しています。どんなことでも、一人前になるまでには時間がかかるので、コツコツと少しずつで良いので、とにかく続けることが大切ですね。

学生:(藤代)とにかく続けること、ですね。

矢部さん:書道に限らず、ひとつのことを極め、これだけは負けないというものを持っている人は強いですよね。そういう人って、何か困難や壁にぶつかったときにも、自分だったらできる!と思えるんですよ。「自己肯定感」なんて言葉がありますけど、そういったものを育てるのが習い事の本質だと私は考えています。だから私の教室に入ってくれた生徒さんには、まずは書道を好きになってもらい、少しでも自信を持ってもらえるように指導しています。

学生:(辻)書道パフォーマンスをされる際、和と洋を折衷したようなファッションをされているように感じたのですが、それは『伝統と革新』というテーマに根ざしてのことですか?

矢部さん:結果としてはそうですね。だけど始めは、他の書家さんの方々と差別化が図りたかったというところがスタートでした。それで、着物ドレスデザイナーに、自分でデザインした着物ドレスを作っていただいたんです。当時、着物ドレスでパフォーマンスをしている女性書家はひとりもいませんでしたから、面白いんじゃないかなって。それに、新しい発想で誰もやってないことに挑戦したら、若い人たちも「書道ってカッコいいよね」って感じてくれるんじゃないかとも考えましたね。
昔は習い事といえば『読み書きそろばん』という時代でしたが、今は少子化もあってすごく書道離れしているし、手書きでしていた仕事はパソコンにとって変わってしまったし、字なんて最低限だけ書ければ生きていける時代じゃないですか。でもそういう時代だからこそ字が美しく書ける人は貴重ですし、教養にもなります。その人の品性や品格を表すのが手書きの文字だと思うので、書家として、そういった書の素晴らしさを若い世代に伝えたいという思いがあったんです。だけどそのためには、昔からの伝統を受け継ぐだけではダメですし、革新的になりすぎてもダメ。私は、その相反するふたつを両立したい。そういう想いで、『伝統と革新』というテーマに行き着いたんです。

ー昔の私もそうでしたけど、簡単に諦めてしまう人が多い。そういった人に自信を持って欲しいなという思いはありますー

学生:(藤代)矢部さんはさまざまな国や地域でご活躍されていますが、海外の活動で大変だったことがあれば教えてください。

矢部さん:まず日本と海外では、書を書いている際に見られるポイントが違います。日本人の場合だと、なんて字を書くのだろう、どんな文字を書いているのだろう、ということに注目している方が多い。つまり内容に目が行きがちなんです。一方海外の方は、前提として日本語がわからないので、どんなパフォーマンスで文字を表すのかという点に着目される方がほとんどです。そしてパフォーマンスが終わり、どういう意味の文字を書いたのかがわかった瞬間に、「だから、こうなのね!」と感銘を受けていただける方が多いですね。
それと日本人は、どんな仕事でも緻密に計画を立ててじっくりと進めていくので、依頼をいただいた際には必ず打ち合わせをし、段取りを決めてみんなで進めていくので、私も安心して制作に集中することができます。だけど海外の場合は、そもそも材料を自分で持っていかなければならない上に、現地でも足りないものばかり。かつスケジュールも頻繁に変わるので、計画はあってないようなもの、ということも多いですね。

学生:(藤代)それは大変ですね・・・・・・。

矢部さん:例えば、当日突然予定が変わったり、この字を書くということになっていたのに、本番直前に「やっぱりこれを書いてほしい」と言われたりするような無茶ぶりもしょっちゅうです。なのでアドリブ力がないと海外ではやっていけないと思いますね。

学生:(藤代)そういう場合はどうするのですか?

矢部さん:もちろん、そこで自分の選んだものを曲げないという選択肢もあるんですが、私はやはりオファーしてくださった方が喜んでくれるのが一番だと思っているので、用意してきた字ではなく、リクエストされた文字を書くようにしています。当然、ぶっつけ本番になりますので、クオリティが下がってしまう危険性もありますが、どんな状況でも対応できるように準備しておくのがプロだと思っています。

ー川越のおかげで私は今ここに居られるのかなと思いますねー

学生:(林)埼玉県のことについてお伺いします。矢部さんがおすすめする埼玉の観光スポットや、PRしたいところを教えてください。

矢部さん:これは誰が何と言おうと川越ですね!私が川越市出身というのもあるんですけど、埼玉県を代表する観光地ですと、胸を張って言いたいです。
私が子供の頃は、今の小江戸の観光地の様子からは想像できないくらい寂れていた記憶があります。だけどそこから街の人たちが立ち上がり、せっかく文化遺産があるのだからそれを街づくりに活かしていこうと奮闘し、今では『小江戸』と呼ばれ世界各国から観光に来てくださっています。川越出身者として、こんなに誇らしいことはありません。

学生:(林)今も川越に拠点を置いて活動していらっしゃいますが、川越の街からアイデアを得ることはありますか?

矢部さん:私は海外で自己紹介をする際に、東京でも埼玉でもなく、『川越』から来たとPRしています。埼玉県内の若手経営者やアーティストたちが集う川越style倶楽部のメンバーとニューヨークの総領事公邸で川越PRイベントをやったときには、ズバリ『川越』と書にしたこともありましたし、川越の姉妹都市であるオレゴン州セーレム市のイベントに出演した際には、川越の象徴である『時の鐘」を墨絵で描いたこともありました。それが結構ウケて、「川越ってどこにあるの?」、「今度行ってみるね」と声を掛けていただきましたね。
さらに驚くことに、ニューヨークイベントでご縁をいただいたニューヨークタイムズの記者さんが、数年後わざわざ日本に来て川越を取材してくださったんですよ。こんなに小さな街を取材してもらえるというのは、川越市や埼玉県を代表する経営者やアーティストが海外やさまざまな所でPR活動を続けてきたからこそ。そう考えると、川越style倶楽部のおかげで私は今ここに居られるのかな、と思いますね。

学生:(林)埼玉県が今後どのようになってほしいですか?

矢部さん:私は埼玉の地元で頑張っている人を沢山知っていますが、やはり一部の人だけではなく、若い人から高齢の方まで、住んでいる人みんなが自慢に思えるようになれば良いですよね。それぞれの人が、それぞれの目線で大好きだと思える埼玉県。そうなったら、すごく彩り豊かで素敵な場所になるんじゃないでしょうか。

学生:(林)そんな埼玉県を書に表すとしたらどのような文字になりますか?

矢部さん:『彩』ですかね。『彩の国』埼玉県ですから。このキャッチコピーは、私が高校生の時に発表されたんです。「埼玉県をこれから『彩の国』と呼びます」って。すごく印象に残っているフレーズですね。

学生:(林)最後に、矢部さんにとって書道とは何かを教えてください。

矢部さん:私にとって書道は空気のような存在です。子供の頃の大好きな趣味として始まり、大人になった現在ではそれが仕事となり、今も毎日当たり前のようにある存在。そしてこれからは、私が今までやってきたことを、若い世代に伝えていきたいと思っています。そういう意味では、『仕える』と書く『仕事』ではなく、『志』と書いて『志事』にしていきたいですね。

\ズバリ!埼玉県を色で例えると?/

白色

これからみんなが好きな色を塗っていけば良いという意味で、白かな。自然が豊かだから緑とか、県章の色で赤とかも考えたんですけど、パッと色が出てこないというのは、何色にも染まっていないことでもある気がして。ですから、これからいくらでも変われるんじゃないかなという期待も込めて、白ですね、やっぱり。

編集後記

右:藤代さん(大学2年生・東京出身)
矢部さんから伺ったお話の中で、「とにかく好きなことを続ける」という言葉が胸に突き刺さりました。安定しているから、給与が高いからという理由で未来を定めてしまう人が多い印象を持っていましたが、果たしてそれは幸せなのか、振り返った時に納得出来るのかと思うようになりました。好きなことを続けることは難しいように思えますが、とにかく、まずは趣味レベルから好きなことを続けていきたいなと思いました。

中央:林さん(大学1年生・神奈川出身)
矢部さんのお話から書道に対する強い想いやこだわりが感じられ、私自身も好きなことや、やってみたいことに恐れず挑戦するためのエネルギーをいただけました。

左:辻さん(大学4年生・宮城県出身)
キャリアについて悩んだ末、大好きな書道に行きつき、そのまま仕事にしていらっしゃる矢部さんのお話に感動しました。川越や埼玉、矢部さんが歩んできたキャリア・・・お話を聞いて色々と学ぶことができました。自分の好きに素直に生きていきたいです。

編集後記

今回のロケ地

眞墨(ますみ)書道教室

矢部さんが主宰する本格派書道教室。
「小江戸」として知られ歴史的文化財の豊かな蔵づくりの街、川越市に所在し、
教室から窓外を望めば畑が見え、庭を望めば草花が咲く、自然豊かな環境にある書道教室です。
自宅でも好きな時間に練習できるよう、お手本は全てデータ&動画化されるなど、
現代の環境に合わせた教室運営を行っています。
また、初心者から短期間で書道師範の資格の取得が可能で、
書道教室の開塾サポートもあります。
こどもクラスは埼玉県の硬筆や書初め県展で上位受賞者を多数輩出しています。

https://www.yabe-chosho.com/shodou/

眞墨(ますみ)書道教室

眞墨(ますみ)書道教室