埼玉偉人特集 -vol.1- 渋沢 栄一 PROFILE:1840年2月13日生まれ 深谷市出身 好きなもの:甘いもの、オートミール埼玉偉人特集 -vol.1- 渋沢 栄一 PROFILE:1840年2月13日生まれ 深谷市出身 好きなもの:甘いもの、オートミール

渋沢 栄一

ざっくり渋沢栄一さん

“2020年生誕180周年” 日本の資本主義の礎となる、多くの企業の設立や育成に携わる一方で、福祉や教育などの社会事業にも尽力する。2021年は大河ドラマの主人公、2024年より新紙幣一万円札の顔になることで注目を集めている。
 埼玉県では偉人として知られ、「渋沢栄一賞」として企業経営者向けの賞がある。

ここがスゴイよ、渋沢さん その1

会社500社作ってみた

 渋沢栄一さんが関わった企業の数はおおよそ500社。
 1873年に銀行の第一号を設立し、最後は1928年設立の「日本航空輸送会社」で、単純に年で割ると年間9社設立するペース!

 第一国立銀行(現在のみずほ銀行)や東京株式取引所(現在の東京証券取引所)、王子製紙(現在の王子ホールディングス株式会社)、東洋紡、帝国ホテルなど、現代でもその名を残す会社や団体の設立に関わりました。

ここがスゴイよ、渋沢さん その1:会社500社作ってみた ここがスゴイよ、渋沢さん その1:会社500社作ってみた
ここがスゴイよ、渋沢さん その2

社会事業600個やってみた

 会社だけに留まらず、社会貢献活動も渋沢栄一さんのライフワーク。
 医療分野では、養育院(現在の東京都健康長寿医療センター)の院長を務めたほか、聖路加国際病院、済生会、東京慈恵会、日本赤十字社の設立などに尽力されます。

 教育分野では、一橋大学や日本女子大学、その他では、帝国劇場、日本放送協会、雑誌社や通信社など、幅広い分野の活動を行いました。

ここがスゴイよ、渋沢さん その2:社会事業600個やってみた
ここがスゴイよ、渋沢さん その3

農民→志士→幕臣→役人→実業家農民→志士→幕臣→役人→実業家

 渋沢栄一さんが活動していたのは江戸時代末期から昭和までで、11の元号をまたぎます。500もの会社に携わったりと、順風満帆なように見えますが、実は「転職」もたくさんしています。

 生家は農家で、藍染めの原料となる藍玉づくりと養蚕も営み、幼いころから家業の手伝いをしていました。20代で尊王攘夷の意思を抱く「尊王攘夷の志士」となりますが、挫折。縁あって、一橋慶喜(後の徳川慶喜)に仕え、その後、慶喜が徳川幕府最後の将軍になると「幕臣」となります。明治維新を迎えたのち、滞欧経験を活かし、明治政府の大蔵省に勤め「役人」となります。そして、1873年、33歳の時に大蔵省を退官し、総監役となり第一国立銀行を開業。「実業家」としてのキャリアをスタートさせていきます。

 尊王攘夷の志士から明治政府の役人に、
さらには実業家になろうとするなんて
本当にスゴイ…!

ここがスゴイよ、渋沢さん その3:農民→志士→幕臣→役人→実業家