SAITAMARIBA INTERVIEWS ビビる大木さん(お笑い芸人)SAITAMARIBA INTERVIEWS ビビる大木さん(お笑い芸人)

Vol.3

 埼玉県ゆかりの著名人にご出演いただき、ご本人のおススメスポットで埼玉県についてアレコレ語っていただくインタビュー企画「SAITAMARIBA(サイタマリバ)」。今回は、地元である春日部市の親善大使も務めるお笑い芸人、ビビる大木さん。MCを務めるTV番組『埼玉の逆襲』収録スタジオにお邪魔し、埼玉県代表として、かすかべ親善大使として、いまだからこそ言える埼玉魂を吐き出していただきました。

<ビビる大木さんPROFILE>
1974年9月29日生まれ。埼玉県春日部市出身。1995年、渡辺プロダクションに所属し、コンビ「ビビる」を結成。2002年にコンビ解散、以後ピン芸人としてマルチに活躍中。現在、テレビ東京「追跡LIVE! SPORTSウォッチャー」、テレビ東京「家、ついて行ってイイですか?」、中京テレビ「前略、大とくさん」、J:COM「埼玉の逆襲」でMCを務める。趣味は幕末史跡めぐり。ジョン万次郎資料館名誉館長、かすかべ親善大使、埼玉応援団、萩はるさと大使、高知県観光特使など、さまざまな観光・親善大使を務める。主な著書に『ビビる大木、渋沢栄一を語る~僕が学んだ「45の教え」~』(プレジデント社)があり、現在NHK大河ドラマ「青天を衝け」公式レコメンダーを務める。4月6日には『ビビる大木の幕末ひとり旅』(敬文舎)が発売となる。

<ビビる大木さんの詳しいプロフィール・活動はこちらへ>
Twitter: @bibiruookichan
Instagram: @bibiruoki
Youtube: ビビる大木こんばんみチャンネル
https://youtube.com/channel/UCOJNF8Pg7DfevETIpO4hR4w

「高校生の頃とかは、埼玉県民だってことは若干隠してました(笑)」

「高校生の頃とかは、埼玉県民だってことは若干隠してました(笑)」

Q:埼玉県との関わりについて教えてください
 生まれも育ちも埼玉県春日部市。両親は東京出身なんですが、結婚し、家族で暮らすために春日部に引っ越したそうです。いわゆるドーナツ化現象ってやつの典型ですね。それから26〜27歳でひとり暮らしを始めるまで春日部に住んでいましたが、高校生の頃とかは、埼玉県民だっていうことは若干隠してました(笑)。だって子供の頃からテレビで『ダサイタマ』とか言われてるのを見てましたからね。特に東京の女子と話すときは、「両親は東京だから!体の半分以上は東京だから!」みたいなことをアピールする悪い癖がありました。

「春日部は、
のんびりしてて住みやすい。
特に観光地スポットもないけど、
そこが好き」

Q:胸を張って「埼玉県出身です」と言えるようになったきっかけは?
 自分はモテないんだってことを自覚してからかなぁ。「モテもしないのに何を俺は東京ぶってるんだ!故郷を隠したからってモテるのか!? そういうことじゃないだろ!」って気付いてから、ようやく地元のこともさらけ出せるようになったと思います。とはいえ、春日部にはそれほどさらけ出すような観光スポットもないんですけどね、基本住宅地だし(笑)。でも僕個人としては、そこが好きなんですよ、のんびりしてて住みやすくて。もちろん観光地も素晴らしいけど、故郷が観光地である必要はないかな。電車でも車でも都心からのアクセスは良いし、基本的に必要なものは揃ってるから、結局のところ住むのにちょうど良いんですよ。

「ロビンソン百貨店は、僕ら春日部市民の誇りでした」

Q:埼玉県での思い出を教えてください。
 一番はなんといっても、今はなき『ロビンソン百貨店』。当時の春日部市民にとっての誇りでした。うちの母ちゃんも、「贈り物にはロビンソン百貨店の包装がされていれば失礼がない」って言ってましたし、いまで言う伊勢丹や高島屋のような感覚で通ってましたね。あとロビンソンには映画館もあって、よく観に行ったなぁ。小学校の頃は他にも2つ映画館があったので、必ずどこかしらで観たい作品が上映していたんです。いま考えればかなり恵まれてましたよね。ロビンソン通り(現春日部大通り)も賑わっていて、通り沿いの中古CD・レコード屋さんとかしょっちゅう行ってましたね。ロビンソンが閉館して、すっかり変わっちゃいましたけど。それと、20代前半は越谷のカラオケ屋でバイトしていたので、そっちの方も思い出深いかな。まだ芸人になりたての下積み時代。夜中にカラオケで働きながら、お客さんがいない時間にネタを作ったりしてました。

「このマイペースさがあったからこそ、やってこれたんじゃないのかな」

Q:ビビる大木さんから見た埼玉県民の特徴は?
 あんまり急ぎませんよね、埼玉県民は。高校が千葉と埼玉の境目くらいの場所だったんですが、千葉方面のクラスメイトは、帰りの電車に間に合わなそうだと走るんですよ。だけど僕ら埼玉側の人間は走らない。次でいっか、みたいな。学校の先生も言ってましたよ、「千葉には海があるから、埼玉に比べると多少の気の荒さがある」って。あとは埼玉の人って、みんな謙虚というか、おおらかですよね。東京や神奈川に勝とうなんて思ってもいないし、千葉にライバル心を持ってる人とかも見たことない。僕自身も比較的のんびり穏やかな方だし、まぁそういう性格で厳しい芸能界で生き残れるのかっていう部分も昔はありましたが、いま思えば、このマイペースさがあったからこそやってこれたんじゃないのかな。

「春日部にはこれといった観光スポットはないけど、人材という意味ではとても優秀」

「春日部にはこれといった観光スポットはないけど、人材という意味ではとても優秀」

Q:親善大使として、春日部の魅力をお願いします!
 春日部といえばやっぱり、地元のスーパースター『クレヨンしんちゃん』。前に春日部の『イトーヨーカドー』を、作中に登場する『サトーココノカドー』に期間限定で変えた特別展があったんですが、そのときは本当に全国からファンが来てくれて、みなさんとても喜んでくれていたんです。地元の後輩ながら、やっぱり凄いなと実感しましたね。その他にも、ザキヤマとか『木綿のハンカチーフ』の太田裕美さんとか、僕と幼稚園から中学校まで同級生だった草彅くんとか、実は春日部出身の有名人ってけっこう多いんですよ。確かにこれといった観光スポットはないかもしれないけど、人材という意味ではとても優秀な街だと言えるんじゃないでしょうか。それと春日部じゃないけど、いま一番熱い埼玉県出身の人材といえば、やっぱり大河ドラマも始まった渋沢栄一さんですよね。同じ埼玉出身というご縁で僕も書籍を執筆させていただいたんですが、お亡くなりになられても、なお僕のような後輩たちに仕事を残してくれるという点でも、改めて尊敬しています。

「この先も調子に乗らず、のんびり穏やかな埼玉県を残していきたい」

Q:未来に残したい埼玉県とは?
 僕らが若かった頃って、やっぱり結構イジられたんですよ、埼玉県って。だけどそれに挫けず流されず、マイペースを貫き通してきたことによって、いまや埼玉県も住みたい街ランキングにも入るようになってきた。2019年には『翔んで埼玉』がヒットしましたし、さらに今年は渋沢栄一さんの大河ドラマ。この埼玉県150周年という記念イヤーもあって追風を感じますよね。それもこれも、不遇の時代を耐え続けた、僕ら埼玉県民の県民性があってこそだと思うんですよ。だからこの先も、調子に乗らず、のんびり穏やかな埼玉県を残していきたいですね。
ズバリ!埼玉県を色で例えると? しろ【白】
 染まってそうで染まってないっていう意味で、白っぽいイメージがありますかね。神奈川や千葉に遠慮しつつ、東京に憧れながらも、決して東京の色には染まらない。かといって尖っているわけでもなく、いい意味でフラットで、常に白さを保っている感じかな。
今回のロケ地 今回のロケ地 J:COMチャンネル『埼玉の逆襲』収録スタジオ

J:COMチャンネル
『埼玉の逆襲』収録スタジオ

 ビビる大木さんがMCを務めるバラエティ番組、『埼玉の逆襲』収録現場におじゃまして撮影した今回のSAITAMARIBA。県庁職員もチラッと番組内に登場する、プチコラボ回となりました。